書評
『幕末日本探訪記』(講談社)
幕末の江戸は・・・
十八世紀頃からイギリスにプラントハンティングという運動が盛んになった。これは動植物の宝庫たるアジア・アフリカ・南北アメリカなどに未知の植物(時には動物も)を求めて、これをイギリスに持ち帰り、博物学的研究や美学的素材として利用しようというのであった。そういうことを専門にする人達をプラント・ハンターと言った。
さて、十九世紀の有力なプラント・ハンターにロバート・フォーチュンという人があった。
この人は幕末維新の動乱のさなかに来日して、長崎や江戸の周辺を縦横に探査して歩いた。その記録が『幕末日本探訪記』(原題『Yedo and Peking』)という好著である。訳者は武田薬品会長であった三宅馨(かおる)氏であるが、博物学的に正確を期しつつ、実に読みやすい名訳である。これが今講談社学術文庫として再刊されているので一読したが、その内容の公正で稠密なことに、ともかく驚かされる。
このフォーチュンという人は、おそらく、円満で穏健な人柄であったに違いない。そして少しも曇りのないクリアな視点から、坦々と幕末動乱期の日本を記録したのである。現代の私どもが読んでも、彼が日本人に注ぐ視線は少しも差別的でなく、寧ろ、この東洋の島国が文化的に高度な発達を遂げた国民によって美しく保たれていることに篤実な敬意を持って接していることが分かる。
まるで百五十年を遡って、極東の楽園のような江戸の町を目の当たりに見て歩くような読書の快楽。ああ、私どもはそういう国民の末裔であったかと、今さらながら嬉しくなってくる。フォーチュンさんありがとう、よくぞ書き残してくれましたねえ。
初出メディア

スミセイベストブック 2004年10月号
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