書評
『手塚治虫=ストーリーマンガの起源』(講談社)
作品を踏査 驚異の演出法を分析
作者は『人は見た目が9割』というベストセラーを生みだした著述家で、マンガの原作や戯曲の執筆も手がけている。本書は、その作者が九州大学に提出した学位論文を平易に書き改めたものである。手塚治虫が生みだした「ストーリーマンガ」という形式を、手塚の個人的資質と日本の文化的土壌が結びついてできた果実と見なし、手塚的ストーリーマンガを形成する様々な要因を検討している。
近世以降の日本文化には、講談という奇想天外な語り物の伝統があり、これが立川文庫という子供向け読み物となり、さらに紙芝居という視覚的物語形式へと流れこむ。紙芝居の作者たちは、エイゼンシュテインらのモンタージュ理論を研究して、紙芝居の構成や場面転換に役立てた。
手塚治虫は映画的手法を活用することでストーリーマンガを確立するのだが、映画的技法の応用には紙芝居という先駆があり、それは子供向け語り物の伝統と深く結びついていた。その意味では、手塚はいきなり出現した革命児ではなく、日本の文化的伝統の継承者でもあった。
だが、手塚が活躍を開始するのは、戦後の激動期である。旧来の日本文化を圧倒する勢いで、ハリウッド映画、ディズニーのアニメ、アメリカンコミックス、SF小説などが海外から流入する。手塚はそれらの影響を貪欲(どんよく)に自作にとりこみ、意識的に利用する。
本書の核心をなすのは、手塚がデビュー以来5年間に描いたほぼ全作品を踏査して、手塚がそうした影響源を消化しつつ編みだした映画的手法と驚異の演出法を分析するくだりである。実際のマンガのコマを引用して、手塚が開発したテクニックの見どころを具体的に紹介するのである。
この実例により、初期の手塚の創造的エネルギーがいかにすさまじいものだったか、リアルに感じとれる。
また、手塚マンガの本質を「動き、変化するもの」への尋常ならざる嗜好(しこう)にあるとし、ここから手塚マンガのスピード感が生まれ、そのスピード感が日本のストーリーマンガの特色となったという指摘にも大きく頷(うなず)かされる。
朝日新聞 2006年4月9日
朝日新聞デジタルは朝日新聞のニュースサイトです。政治、経済、社会、国際、スポーツ、カルチャー、サイエンスなどの速報ニュースに加え、教育、医療、環境、ファッション、車などの話題や写真も。2012年にアサヒ・コムからブランド名を変更しました。
ALL REVIEWSをフォローする









































