書評
『裏ミシュラン―ヴェールを剥がれた美食の権威』(バジリコ)
店の格付けのやり方は? 秘密を暴露
二〇〇三年、フランス美食界を震撼(しんかん)させる事件が起こった。超一流レストランを経営するスター料理人ロワゾーが銃による自殺を遂げたのだ。有名なガイドブック「ゴー・ミヨー」が、サービス低下を理由に彼の料理店の評価を下げたことが自殺の原因ではないかと囁(ささや)かれた。それほどに、ガイドブックの星の数はレストランにとって死活問題なのである。「ゴー・ミヨー」以上に名高いガイドブックが「ミシュラン」だ。ミシュランはタイヤの製造会社である。タイヤ会社がなぜ「美食の聖典」を作っているのか?
自動車がまだ普及しない時代、ミシュラン社は、自社の宣伝用の小冊子に地方のおいしいレストランを積極的に載せた。そうして、消費者に自動車を(つまりタイヤを)使わせる刺激剤にしたのだ。この巧妙な作戦は大成功で、いまではミシュランは料理店のガイドブックの名前としてむしろよく知られている。
これまで、ミシュランのレストランの格付け(星なしから星三つまで)の内幕は厳重に秘密にされてきた。ところが、ミシュランの調査員だった著者が本書を書いてやり方を暴露してしまったため、ミシュラン側は著者を「労働契約上の秘密保持の義務」に違反したとして、昨年の出版以来、法的係争が続いている。
というと、どんなにスキャンダラスな本かと思うだろう。邦訳の題名もそうした印象を強めている。だが、これは実にまっとうな料理調査人の報告であり、グルメの神話を期待すると拍子ぬけする。
調査員はわずか五名。週に八~十回レストランで食事を取るが、予算があって高級ワインは飲めない。判断の基準は、一般客がそこで金を使いたくなるかどうか。料理の味は勿論(もちろん)だが、店のサービスの良し悪(あ)しで評価はかなり左右される。なぜなら、調査員も人間だから。
だが、ミシュランの星のつかない素晴らしいレストランはないと著者は断言する。ミシュランの権威には盾ついたものの、自分のかつての職場の正統性は擁護したいというのが本音なのだろう。
フランスの美食界を崇(あが)める人にとって、本書は格好の解毒剤となるはずだ。
朝日新聞 2005年2月6日
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