解説

『鏡 バルトルシャイティス著作集(4)』(国書刊行会)

  • 2017/07/27
鏡 バルトルシャイティス著作集 / ユルギス・バルトルシャイティス
鏡 バルトルシャイティス著作集
  • 著者:ユルギス・バルトルシャイティス
  • 翻訳:谷川 渥
  • 出版社:国書刊行会
  • 装丁:単行本(519ページ)
  • 発売日:1994-12-01
  • ISBN:4336031401
内容紹介:
天の鏡、神の鏡、魔法の鏡、アルキメデスの鏡、アレクサンドレイアの燈台、鏡占い、人工の幽霊-神話から現代の太陽炉まで、様々な鏡の科学と伝説を博捜した驚異の書。
バルトシャイティス著作集の最終巻、『鏡――科学的伝説についての試論』をお届けする。第三巻『イシス探求』からほぼ二年の間隔をおいての刊行である。ようやくにして、との思いを禁じえない。

高山宏氏から本書の翻訳の件で電話をいただいたのは、もう何年前になるだろうか。『アベラシオン』の「後記」で巖谷國士氏が、そして『アナモルフォーズ』の「解説」で高山氏がそれぞれ書かれているような事情があっての電話だったわけだが、バルトルシャイティスという名前を聞いただけで、しかも錚々たる訳者の方々と御一緒できるというだけで、私はこの仕事を一も二もなく引き受けてしまった。もちろん、澁澤龍彥の存在があった。リトアニア出身の比類のない碩学の名前を、ほかならぬ澁澤龍彥の諸著作によって知悉するようになった者にとって、その彼が中心となった企画に参加できるのは望外の幸せに思えたのだ。

実際に翻訳の作業に取りかかって、しかし私はたちまち後悔することになった。はじめ本書を担当されていた巖谷氏が、先の「後記」のなかで、「光学関係の翻訳で手間どっているうちに、長年月が過ぎてしまった」と証言されているような事情を、もっとよく考えてみるべきだったのだ。私はみずからの浅学菲才をしたたか思い知らされた。最終巻という安心もどこかにあって、作業は遅々として進まず、かくして文字どおり「長年月が過ぎてしまった」という次第である。拙ない代役ぶりを、まずもって他の訳者の方々にお詫びしなければならない。そしてもちろん、本書の刊行を長いあいだお待ち下さった読者諸兄姉にも。

ともあれ、本書によって著作集は完結する。私もまた本書を故澁澤龍彥氏の霊前に謹んで捧げたいと思う。ピエール=マクシム・シュールの『想像力と驚異』(白水社、一九八三年)の拙訳をお送りしたとき、「私にとってまことになつかしい本です。シュールは体系がないから私は好きです」というお返事をいただいた、それだけの関係だったが、私にはそれがなによりもかけがえのない絆となった。生前ついにお会いする機会はなかったが、それで良かったのだとも思う。氏の切り開いた言語宇宙こそが問題だったのだから。

その言語宇宙のなかでバルトルシャイティスがきわめて大きな役割を演じていたことについては、私があらためて強調するまでもない。とはいえ、バルトルシャイティスの他の諸著作に比べると『鏡』への直接的言及はごくわずかである。『鏡』の刊行が一九七八年という時期だったことも関係しよう。ちょうどこの頃、澁澤龍彥は人名や書名を絢爛と散りばめるといったスタイルから離れ、『唐草物語』をはじめとする新たな物語世界を構築しつつあったからである。バルトルシャイティス的なものは、そのなかにいわば溶かしこまれたのである。遺作となった『高丘親王航海記』の「鏡湖」の章に、バルトルシャイティスの『鏡』の美しい反映をなにがしか見てとったとしても、あながち間違いではあるまい。思えば、彼の「処女作」たる「撲滅の賦」でも、すでに「一つの大きな白々しい眼」たる金魚鉢がほとんど主役の位置を占めていた。澁澤龍彥におけるスペキュレール(鏡面的=鏡像的=反映的=思弁的)な想像力のありようを問題にすることもできるかもしれない。

本書『鏡』もまた、バルトルシャイティスその人にとって、遺著ならずとも実質的に最後の著作となった。「書誌」を御覧いただければおわかりのように、『鏡』以降の書物はすべて旧著の改訂版にほかならないからである。本書は、だから、『アベラシオン』『アナモルフォーズ』『イシス探求』の「逸脱の遠近法」三部作とともに「多翼祭壇画(ポリプティック)」を構成する四枚目の「翼」であるばかりではない。これは、フランス人が戴冠=仕上げ(クロヌマン)と呼ぶたぐいの著作でもあるわけだ。実際、本書にはそれだけの存在感がそなわっている。

『アベラシオン』では、まさに視覚上の偏差が生み出すさまざまなイマージュが採り上げられた。動物や人間の顔、石、建築、庭園、風景などをトポスとする形態生成の物語が展開する。バルトルシャイティスは、これに「形態の伝説」なる名称を与えた。具体的な鏡としては、わずかに「クロードの鏡」という仕掛けに触れられるものの、全体として「視」の側よりは「対象」の側に重点が置かれた。『アナモルフォーズ』になると、「視」そのものが主題化される。『鏡』と共通の話題も多い。ニスロン、キルヒャー、ショットといったおなじみの名前も登場する。「鏡アナモルフォーズ」の章もある。歪(デフオル) 曲(マシオン)の原理に関するかぎりでの鏡の物語といってもいいほどである。バルトルシャイティスは、これを「光学魔術」と呼ぶ。『イシス探求』は、「事物を、それが実際には存在しない場所に如何にも存在するかの如く見せる神話の伝承」を扱う点で、訳者の有田忠郎氏も書いておられるように、そこではまさに「人間の精神という特殊な光の屈折を生ぜしめるレンズの作用」が問題になっているということができる。神話論は、とりもなおさず視覚論、光学論でもあったわけである。そして『鏡』である。バルトルシャイティスは、いよいよここで具体的な鏡そのものを全面的に俎上にのせることになる。

とはいえ、あくまでも「科学的伝説についての試論」である。鏡にまつわる言説の史料集、あるいはほとんど百科全書といった様相を帯びながら、記述は執拗なまでに即物的(ザツハリヒ)である。アルキメデスの鏡やアレクサンドレイアの燈台の鏡などをめぐる著者の幾何学的思考に辟易される読者も少なくないかもしれない。フラマリオン社から出たジャン=フランソワ・シュヴリエの『ユルギス・バルトルシャイティスの肖像』(一九八九年)については、『アベラシオン』の「解説」において、すでに訳者のひとりである種村季弘氏によって的確な紹介がなされているが、そこでシュヴリエはバルトルシャイティスの次のような言葉を引用している。

私が幾何学に魅かれるのは、それが知的な側面と魔術的な側面をもつからです。幾何学は謎のように私を魅了するのです。

(次ページに続く)
鏡 バルトルシャイティス著作集 / ユルギス・バルトルシャイティス
鏡 バルトルシャイティス著作集
  • 著者:ユルギス・バルトルシャイティス
  • 翻訳:谷川 渥
  • 出版社:国書刊行会
  • 装丁:単行本(519ページ)
  • 発売日:1994-12-01
  • ISBN:4336031401
内容紹介:
天の鏡、神の鏡、魔法の鏡、アルキメデスの鏡、アレクサンドレイアの燈台、鏡占い、人工の幽霊-神話から現代の太陽炉まで、様々な鏡の科学と伝説を博捜した驚異の書。

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